窃盗(万引き)


◆ 事件の内容

A氏は,一流会社に勤務していましたが,うつ病になり,長期休暇中でした。

その間,同じコンビニ店で万引きを続けて4回ほど行ってしまいました。

最後は,少し前から店員に目を付けられており,店を出たところでオーナーに呼び止められ,万引きの事実を認めたという事案です。

 

◆ 事件の解決

1 A氏は,身元がしっかりしていたため,逮捕はされず,直ちに妻と共にコンビニ店に出向き,謝罪を行い,示談の申し出をしようとしましたが,オーナーに会ってもらえず,示談は出来なかったということです。

2 そのため,私の方に依頼があり,お子さんや会社の関係もあるので,なんとか前科がつかないようにしてほしいとの依頼でした。

3 まず,弁護士として,A氏の病状や治療状況,万引きの前科や前歴を確認させて戴きました。ご本人や奥様とも話し,常習化しないためにも,精神的な治療が必要であるということで,既に通院している病院の医師に,広い意味での依存症について,治療している先生を紹介してもらうことにしました。

4 一方,コンビニ店のオーナーの方には,弁護士として,一度面談して戴きたいとの手紙を書きました。その結果,コンビニ店のオーナーの方とお会いできました。

オーナーからは,コンビニの場合,万引きされた商品は,いわゆる「ロス」と言われ,本部との関係では,売れたものとして処理され,仕入れ代金の損失のみならず,売れていないにかかわらず,売れたものとして本部に一部利益を支払わなければならないというお話を聞きました。また,間違ってお客様を万引き呼ばわりしたりすれば,大変なことになるので,慎重に確認しなければならず,そのために店内を映しているテレビ画面を注視し続けなければならず,そのためにも時間と精神的負担が極めて大きいというような話もされました。

5 私も以前,コンビニの裁判を手掛けたことがあったことから,コンビニのオーナーのご苦労は十分理解でき,多大な迷惑をおかけしたことを本人に成り代わり謝罪させて戴きました。

6 二度目の訪問で,「示談書」を作成してもらいました。その中には,被害届を取り下げるという内容も記載して戴くことができました。

7 最初,警察の方では,続けて4回も万引きを行っていることから,常習性があるものとして,罰金になるのはやむを得ないだろうと言われていたようですが,示談がきちんと成立していたことと,依存に陥らないように治療を始めている事実を明らかにしたことにより,「起訴猶予」としてもらうことができました。

8 仮に,罰金となっても,「前科」ということになってしまうので,なんとか本人や奥様が希望されたとおり,前科はつかず,お子様や会社への影響もなく処理されました。

 

◆ 弁護士のコメント

示談を成立させるためには,加害者側の事情を述べるのではなく,あくまで被害者の立場や状況を踏まえてお話をさせて戴くということが最も大切なことです。

このことは,弁護士1年目に,数件のカメラ店からカメラを万引きした青年の弁護人になった時,肝に銘じて知らされました。それは,40年程前ですが,当時,新宿の「ヨドバシカメラ」の社長と話をさせて戴いたことがきっかけです。

私は,社長を前にして,その青年が,精神的にも経済的にも苦しい立場にあること等を一生懸命に話しました。

社長はその話を静かに聞いておりました。しかし,私の話が一段落すると,社長から「私達はどんなに暑い中でも寒い中でも,毎日毎日,汗を流しながら働いて,お客様からわずかな利益を戴いている」「そのような立場からすれば,その青年に弁護士さんがお話しされたようないかなる事情があるとしても,私達から見れば,絶対に許されることではない。そのことを弁護士さんもよく理解してください」と言われました。

このヨドバシカメラの社長の言葉は,弁護士一年生の私には,強烈に響き,また,恥ずかしくもありました。

この時以降,私は示談にあたって,必ず,被害者はどのように思い,どのように考え,どのように感じているかということを,出来るだけ自分なりに想像し,相手の立場に立ってお話しをさせて戴くようにしています。