抵当権の抹消

◆ 事件の内容

依頼人は,以前から妻との離婚を考えていたところ,弟の知人であった相手方から,

「離婚の際には,妻に財産の1/2は取られてしまうので,自分の財産をできるだけ減らすような形にしておかないと,妻に多額のお金を取られ,大変なことになる」

と知恵をつけられました。

依頼人は,相手方のアドバイスに従うことにしました。

すなわち,夫名義の不動産については,その経営する会社から,1000万円を借り入れたという「金銭消費貸借契約書」を協力して作成し,

さらに,相手方の会社を「債権者」とし,依頼人を「債務者」とする1000万円の抵当権を,依頼人名義の不動産に設定しました。

相手方からは,「いつでも抵当権の抹消には協力する」と言われていました。

しかし,その後,事情が変わったため,依頼人が相手方に抵当権の抹消をお願いしたところ,相手方は,一向に協力してくれませんでした。

さらに,相手方は詐欺師のような人物で,依頼人やその弟から,色々名目をつけては金銭を騙し取っていることもわかってきました。

そのため,依頼人としては,依頼人にとって架空の抵当権をなんとか抹消して欲しいという依頼でした。

 

◆ 事件の解決

1 このような相手方でしたので,私は,裁判を起こすしかないと判断し,裁判所に対し,

「1000万円の債務が存在しないことの確認」と,架空の抵当権が設定されたとして,「抵当権設定登記抹消登記手続等請求事件」を提起しました。

 

2 私の予想としては,相手方も,架空の1000万円の貸付であり,架空の抵当権であるということは,十分認識しているはずなので,争わずに1回の裁判で終わるものと思っていました。

しかし,相手方には,証拠として「金銭消費貸借契約書」が存在し,そこには依頼人が自筆で名前を書き,実印を押しておりました。

不動産には抵当権が設定されており,これらの手続には,依頼人の「印鑑証明書」も必要です。

依頼人は相手方に対し,「印鑑証明書」を交付しておりました。

 

3 そのため,相手方は,これらの書類を裁判所に提示して,

「真実1000万円を依頼人に貸し付けたのであり,また,この貸金を担保するため,依頼人の同意を得て,依頼人名義の不動産に抵当権を設定したものである」

と主張してきました。

 

4 一般の方はご承知かどうかわかりませんが,裁判所は,証拠として「書面」をとても重視します。

人は,記憶違いをしたり,嘘を言ったりすることが多い,という経験から来る考え方があるのだと思います。

 

5 また,そのようなことから,民事訴訟法第228条4項には,「本人の署名または押印がある文書は,真正に作成されたものと推定する」という規定があります。

すなわち,本件で言えば,依頼人が「金銭消費貸借契約書」において,「1000万円を借りて受け取った」という内容の書面に自ら署名押印していれば,その書面は正しく作成されたものと推定され,依頼人が相手方の会社から1000万円を借りていることを証明する,極めて有力な証拠となるということです。

これを覆すためには,この書面が,実態のない,虚偽の内容であることを主張・立証することが必要です。

これは,極めて困難な場合が多いのです。

 

6 そのため,本件においても,何故このような経過に至ったかについて,依頼人と弟の詳細な「経過報告書」を作成し,

・ 本件「金銭消費貸借契約書」が作成された当時,依頼人や弟から相手方に対し,様々な名目で金銭が支払われていたこと,

・ 依頼人は金銭的にゆとりがあり,相手方の会社からお金を借りなければならないような状況になかったこと

等を,依頼人の「銀行通帳」等により明らかにしました。

一方で,

・ 相手方の会社が1000万円を貸し付けたとする原資が不明であること

・ 相手方の会社の「決算書」が作成されていないことや,その後,会社は解散していること

・ 「金銭の貸付」としながら,「5年間無利息で貸し付け」という,不自然な貸付である

というような,あらゆる周辺事実を主張・立証して,「1000万円の借入については,実態のないものである」ことを主張・立証していきました。

また,同時期に,通常では考えられないような,多額の「手数料名目」による依頼人から相手方への金銭の移動についても,依頼人の預金通帳をもとに,客観的に明らかにしました。

 

7 この事件は,最終的に,原告被告及び証人の各尋問終了後,裁判官から「解決金として,依頼人が相手方に30万円を支払う」という和解案が提示されました。

1000万円の請求に対して30万円の和解金というのは,判決となれば,依頼者の方が全面的に勝訴することが予想される和解案です。

しかし,一審の裁判で勝訴したとしても,このような相手方ならば,勝ち負けは別として,控訴されることが十分考えられました。

もし控訴されれば,依頼者の方でも,さらに半年程,訴訟を続けなければならないという負担や,通常,控訴審になれば,新たに弁護士費用も支払って戴くことになることから,総合的な判断として,依頼者もこの和解を受けることとなりました。

ほとんど,全面的,勝訴的和解と言って良いと思います。

 

 

◆ 弁護士のコメント

1 私も30年以上,弁護士として仕事をしてきていますが,依頼人をけしかけて架空の「金銭消費貸借契約書」を作らせ,架空の抵当権設定登記をさせておきながら,裁判を起こされても,「真実,1000万円を貸し付けた」として争ってくるような例は,ほとんどありません。

しかし,世の中には,色々な人がいるのだと改めて知らされました。

 

2 前記のとおり,書類が作成されていたり,そこに自分が署名・実印を押していたりすれば,それが架空のものであり,虚偽の内容のものであっても,裁判所でこの内容を覆すには,大変な努力が必要です。

この立証に失敗すると,「架空であり,虚偽の内容の書面であっても,有効なものとして認められることがある」ので,注意が必要です。

 

3 もちろん,本件依頼人も,離婚に際して財産分与を少なくするために,嘘の外形を作ろうとしたものであり,決してほめられることではありません。

本件は,そういうところに相手方がつけ込んできた事件でした。

この事件は,依頼人にとっても良い教訓になった事件だと思います。